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日仏ハーフの子供の日本語教育について
  娘2人が日仏バイリンガルになるのを目指してはいるのですが、なかなか難しいと感じているのが正直なところです。 長女が2歳の頃の日仏バイリンガルの記録を書いた頃は意識して実践していたのですがいつのまにか家庭内ではほぼフランス語で会話しているというのが現在の状況。     なぜフランス語で会話するのか? なぜ日本人である私までフランス語で会話するのでしょうか?これは自分でもよくわかっていなかったのですがきちんと自分に問いかけてみたら「娘にきちんと話せるようになってほしいから」という理由がすぐ出てきました。 フランス語が話せなかった頃の私は自分を守れなくて悲しい悔しい思いをしてきました。フランス人はみんな自分の意見をはっきり話すことが上手です。口下手な私はまだまだ太刀打ちできませんが、それでもフランス語がきちんと話せることが見下されない(笑)ためには必須条件だと思っています。 そんな自分の体験から、娘が初めて保育園・幼稚園という社会に出た時、自分のことをきちんと言葉で表現できるようになっていてほしいと切実に思ったのです。このフランスという国で娘が自分で自分を守れるようにと思ったのでした。 では私が娘と日本語でしか会話していなかったらどうだったのでしょうか?自分を守れない?そんなことはないと思います。でも、保育園や幼稚園ではフランス語なので混乱が生じてフランス語の遅れがあったかもしれません。 娘が1歳4ヶ月までは私は100%日本語で話しかけていましたが、保育園を意識した時フランス語の基本を!とフランス語で話すようにしました。  
感染性胃腸風邪・ガストロでてんやわんや
  ノロとかロタウィルスからくる感染性胃腸風邪をフランスではガストロと呼びます。この季節になるとこんな注意報が出るほどフランス人にとっても大ごとです。 ガストロ。 フランスで暮らし始めこの言葉を初めて聞いた時、発音もそこからくるイメージもおどろおどろしくてホント嫌だなあと思いました。 それから6年…。4歳の長女が今年の4月に初めてかかってしまうまでガストロを実際に経験したことはありませんでした。 今回は長女の人生二度目のガストロ、次女にとっては人生初のガストロで一家がてんやわんやになったお話です。私のようにガストロ初心者だったママンがどのように乗り越えたか、記録しておきます。     【ガストロの経緯】   長女の下痢から始まりました 日曜日の朝寒かったけど家族みんなで犬の散歩に出かけた後お腹が痛いと真っ青な顔をした長女。かわいそうに結構な下痢でした。
フランスでママン 〜4歳長女の幼稚園のきろく①〜
4歳半になった長女。実は最近まで幼稚園に行きたくなくて毎朝泣いていました。それが6月に入ったぐらいから朝の涙がなくなり普通に教室に入って行くように。先生もビックリしていました。でも一番びっくりしたのはママンだよ! 今思えばここまで長かった…。がんばったね。今回はそんな彼女の成長について書きます。   〈幼稚園に慣れるまで〉 年少組(Petite Section)の一年間はクラスで一言も発さなかった 時はさかのぼり長女がまだ3歳の時の年少組。担任の先生やアシスタントの人に話しかけられても答えないし、ましてや自分から助けを求めたり訊ねるということができませんでした。友達同士でも同じ。 家ではすごく陽気で言葉もすごく上手に話すし文法さえもパーフェクトな長女。なのに学校に入った途端無口・表情は固い。これにはとても心を痛めました。それでも学校では絵画工作やお遊戯など楽しくやっているそうだったので毎日を見守りながら過ごしました。年度末に一回担任の先生と個人面談を申し入れ、実は娘は『場面緘黙症』なのではないかと話してみました。 先生は確かにその可能性も高いだろうけど、ある一時期(次女が生まれた後の1ヶ月ぐらいの期間)は話していたので、そこまで深刻でもないかもしれない。心理学の専門家などに相談することもできるだろうけど夏休み中彼女も少なからず成長するだろうから、最終的には親が決めることだが年中に上がって様子を見たらどうかと言われました。   年中組(Moyenne Section)になって毎朝泣いてお別れ
フランスで母乳育児 〜次女編②〜
                次女との母乳育児については①で書きましたが、最近とうとう卒乳したので記録しておこうと思います。 生後14ヶ月と1週間でした。 長女と同じ14ヶ月で、意識していたわけではないのですが、でもやっぱりこのぐらいが娘と私にとって自然だったみたいです。 長女の時にあった哺乳ストライキのようなものもなく、二人目だからか個性なのか本当にイージーな母乳育児でした。
フランスの離乳食② 〜1歳〜
次女が一歳になり、どのような食生活をしているのか記録することにします。 長女の時の1歳2ヶ月ごろの離乳食について見返してみると、えらい!本当にしっかりきっちりした食生活をしていたなあ。 それに比べて次女はもうほとんど大人と同じメニューにしてしまっている。 200gの野菜のピュレもあまり作っていません。長女の時は「200gの野菜」がすごく大事な基準で、これを食べなければ栄養不足とさえ思い込んでいて、食べない日はハラハラしていたのです。 次女は離乳食スタート後早い段階で野菜のピュレを残しがちで、ノルマの量食べ終わらせるのも何だか面倒くさくなってしまい、食べたい時食べたい量食べるでいいんじゃないかと思ったのもあります。 むしろ長女は律儀にこの200gに沿ってちゃんと食べていたのが偉いなと思います。そして神経質なママだったねごめんねとも。 おやつも日によってはあまり食べないので果物と乳製品を必ずあげるという規定(笑)から離れています。 生後10ヶ月ぐらいで一日3食になり、その頃日本に帰省していたのですがそこでは日本食を中心に朝ごはんも白いご飯をかなり食べていました。炊きたてのおいしい日本米だもの、食べるよね〜さすが日本人の心わかってるね〜!と思ったものです。その証拠にフランスに帰ってからフランスのお米ではそこまで食べなくなりました。   新しい食べ物デビューが早い 私たち大人+長女が食べているものを必ず食べたがるので、味見程度にあげてしまうことも多いです。 生の果物も8ヶ月から食べました。お隣に住んでいるお医者さんをしているマダムの家でイチジクをごちそうになった時次女にも与えたのがきっかけです。もう8ヶ月なら何でも食べていいのよと教えてくれたので気が強くなったのでした。
次女が1歳になりました
1月26日。 次女が一歳になりました。 健康に育ってくれて、ありがたいこと。 これからもっともっと楽しいことを一緒にできるかと思うと嬉しい。海辺でアイスクリームを食べたり。 11ヶ月でハイハイをしだし、家中あちこち動き回ったりお姉ちゃんとケラケラ笑ったりしているのを見ると、赤ちゃんではなくなってきているのを感じます。 それでもまだ夜寝る前にはおっぱいを飲むし夜間の授乳も続いています。まだ赤ちゃんの名残りだなあ。 最近ではおやすみしようかと言って寝室に行くと、おっぱいの時のクッションを自ら「ン!」と渡そうとしてくれてかわいいヤツめという感じになります。 次女は本当に二人目というポジションだからこうなんだなあ〜と感心する所がいっぱい。 よく見てる。観察力に長けている。周りと同じことをしようとする気持ちが強い。私たちが食べているものを食べたがる。会話に参加する。みんなで笑っていると笑う。みんなが笑っていなくても笑い出す。長女がようやくちゃんと鼻をかめるようになったぐらいなのに、次女はティッシュを見ると、鼻に持って行き鼻をかむ真似をして見せてくれる! 色々なこと、教えなくてもできるようになりそうです。 長女の時は一歳ぐらいではここまで色々なことできなかったよな?とあまり覚えてはいないのですがうっすら感じています。 でもどちらが優れているとかではなく、それぞれの個性と環境の違いなだけ。
フランスでママン 〜Bonne année 2018〜
  あけましておめでとうございます。 2018年も佳い年になりますように。   去年末ぐらいからママンジャーナルを続ける意味がわからなくなってしまい、 もうおしまいにしようかと思っていたのですが、やっぱり書き続けることにしました。自分のために。 読んでくださる方がいたらありがとうございます。 皆さんの2018年が愛と勇気にあふれていますように!   12月中旬から年始まで日本へ帰省していました。 クリスマス・長女の誕生日・お正月を日本の家族と過ごせてあたたかい気持ちになりました。 そして、特に今回は家族全員と会えたのでとてもよかった。自分がどこから来たのかを確認し、それに自信を持てると思えたのも嬉しかった。
おすすめフランス語の絵本『L’âneTrotro』
長女が2歳ぐらいから大好きなキャラクター『L’âne Trotro』。 youtubeで観せていたのが始まりで、大きくなるにつれて本も読んでいます。   前回は『Petit Ours Brun』を紹介しましたが、正直、ママン的にはTrotroの方が好みです。 Petit Ours Brunも素晴らしい絵本なのですがリピートしていくうちに色あせて行きました。描かれている家族がパーフェクト過ぎるのもママン的にはちょっとかなわないなぁという気持ちになりました。 もちろん、今でも娘に読んでと言われたら昔と同じ情熱を持って読みます。 Trotroの話の展開は、かわいくて人間味あふれて本当らしくて、大好きです。こんな子が自分の子供だったらいいなと思わせる。でも、子供は誰でもTrotroみたいなところが多かれ少なかれあるなあと思います。
フランスで母乳育児 〜次女編①〜
次女も母乳で育てています。 母乳育児については長女の時の様子を書いていますが、3年経った今読み返してみても、あまり変更点がなく大体同じような流れでやっています。 長女の時は毎日読んでいた最強母乳外来のブログを今回も時々参考にしていますが、ほとんど心配事がなく自然にやってこれています。 やっぱり一人一人子供は違うというもので、次女の場合はどうか記録したいと思います。     二人目は軌道に乗るのが早い 出産後母乳が軌道に乗るのがとても早かったです。これは一度経験した道を行くので当然にも思いますが、身体的にもそうだったので驚きました。 軌道に乗るとは私の場合初乳から成乳に変わるla montée de lait を乗り越えた後のことを言います。 長女の時は、la montée
フランスの離乳食① 〜生後6ヶ月〜
7月末で次女が生後6ヶ月になり、いよいよ離乳食開始しました。 6ヶ月検診で離乳食開始のGOが出ました。 生後4ヶ月ぐらいですでに家族が食べている時、口をもぐもぐしたりじーっと見ていたので早く食べさせてあげたかったものです。 フランスの離乳食については長女の時にも書いていますが、長女との違いは開始時期です。長女は生後4ヶ月を過ぎてすぐ開始しました。 かかりつけのDrエオンは小児科医ではないので、離乳食についてほとんど指導とかガイドラインなどもなく。 「最初は母乳やミルクと混ぜてほとんど水分の状態のものを食べさせてください。できれば手作りで、栄養を取るのが目的ではなくて味覚を知る為ですからねー」 というのが教えてくれた全てでした。 量や時間帯、徐々に増やしていく目安などもなく。これが一人目だったら大変だったな苦笑という感じです。(だいたい、母乳かミルクと混ぜたら味覚を学べるかな?!と心の中ではびっくり) 幸い、長女の時の小児科の先生にもらったガイドラインをまだ取っておいたので、それを参考に長女の時と同じような流れをたどって進めています。あの頃のことを思い出しながら、もう一度。嬉しいです! 長女の初めての離乳食はにんじんでした。包丁やまな板、ピーラーも特に消毒しなかったけど大丈夫かな?と恐る恐る切り刻んだのを今でも覚えています。 今回次女の初めての野菜はズッキーニにしました。しかも庭で取れた自家製です! ほぼ水のようなズッキーニの煮汁のようなできあがり。