フランスでママン 〜4歳長女の幼稚園のきろく①〜

長女

 

 

 

 

 

 

 

4歳半になった長女。実は最近まで幼稚園に行きたくなくて毎朝泣いていました。

それが6月に入ったぐらいから朝の涙がなくなり普通に教室に入って行くように。先生もビックリしていました。でも一番びっくりしたのはママンだよ!

今思えばここまで長かった…。がんばったね。

今回はそんな彼女の成長について書きます。

 

幼稚園に慣れるまで


⒈年少組(Petite Section)の一年間はクラスで一言も発さなかった

時はさかのぼり長女がまだ3歳の時の年少組。担任の先生やアシスタントの人に話しかけられても答えないし、ましてや自分から助けを求めたり訊ねるということができませんでした。友達同士でも同じ。

家ではすごく陽気で言葉もすごく上手に話すし文法さえもパーフェクトな長女。なのに学校に入った途端無口・表情は固い。これにはとても心を痛めました。それでも学校では絵画工作やお遊戯など楽しくやっているそうだったので毎日を見守りながら過ごしました。年度末に一回担任の先生と個人面談を申し入れ、実は娘は『場面緘黙症』なのではないかと話してみました。

先生は確かにその可能性も高いだろうけど、ある一時期(次女が生まれた後の1ヶ月ぐらいの期間)は話していたので、そこまで深刻でもないかもしれない。心理学の専門家などに相談することもできるだろうけど夏休み中彼女も少なからず成長するだろうから、最終的には親が決めることだが年中に上がって様子を見たらどうかと言われました。

 

⒉年中組(Moyenne Section)になって毎朝泣いてお別れ

そしてその通り9月の新学期に年中組に。

なんとこの学校は年中と年長が同じクラス。いきなり大きい子たちと一緒のクラスに入るわけです。(娘3歳9ヶ月で最年少、年長の子ではもうすでに5歳半の子もいる環境)

初日は新しい教室・新しい先生に(両親も/両親の方が)圧倒されちょっと!どうする?!と不安になりました。

モンテソーリの学校がVannesという街にあるので、そこに学校を変えるべきか真剣に悩みました。

悩んだのは1日半ぐらいで、やっぱりとりあえずここでやってみようと。
変えるのはいつでもできるから、せっかく始めたリズムをもう少し続けてみようと決めました。
最初は午前中のみ行かせていました。
半年ぐらいして給食(Cantine)も行かせるようにして、一日中行っています。

朝、私が送って行くのですが、娘と一緒に先生に「おはようございます」と言っても私の手を離さず頑なに教室に入らない。先生がうながし引っ張ってもだめ。しまいには大泣きしながらママからはがされ連れて行かれるというパターン。
かわいそうですよね。こんなに嫌なら行かなければいいんだと何度も思いました。
迎えに行くと、先生は「あの後ケロリとしていました。朝お芝居をしているんだと思います」(フランスでは子供がわめくことをcinema=お芝居と呼ぶ)と言うので、ああそんなものかとめげずに毎日行かせていました。
それでもあまりにも続くし、本当に学校に行かせる意味あるのかな?と何が何だかわからなくなり。

娘に「どうして学校行きたくないの?」と訊くと「ママが大好きだから。ママと家にいたい」と言います。

「でも家にいてもママ色々やることあってずっと一緒にいるわけじゃないし、ガミガミしたりするからそんなにいいわけでもないんじゃない。学校では色んな歌覚えたり美術の時間があったり、楽しいよ」とうながすのですが、行きたくないなら行かなくていいと思っている部分も正直ありました。

親の気持ちが伝わっている?本当は私が行かせたくないのかな?
確かに長女が家にいると私も次女も楽しいし、彼女も家にいた方が幸せそうに見える。そんな気持ちはありました。

モンテソーリの学校がチラチラ頭をよぎります。

そんな中、朝のお芝居の割には迎えに行くと、楽しい日を過ごした良い顔をしている娘。「学校楽しかったんだね、よかったね。でもじゃあなんで朝はあんなに嫌がるの?」と訊きました。「ママが大好きだから」「ママが大好きなら、朝のお芝居はもうやめてほしいな」と言ってしまった日がありました。

そのすぐ後、朝普通に先生と教室に入って行った日がありました。

偶然かなと思いつつそれ以降全く朝のお芝居がなくなったのです。

改めて娘に訊ねました。「もう朝泣かなくなったよね、すごいね。ママが、ママのことが大好きと言うなら朝のお芝居はやめてといったから?」「そう」

これ娘に無理させてるパターンじゃん泣 と思ったので、「そうか、がんばっていたんだね。ごめんね。でもママは〇〇ちゃんが学校に行かないとしても、朝お芝居したとしても〇〇ちゃんのことが大好きだからね。〇〇ちゃんのそのままでいてね。泣きたかったら泣いていいからね」と言いました。

伝わったかな。

今のところ学校には本当の意味で慣れたみたいで、涙がなくなりました。

(後日追記・慣れた後も泣いてしまう朝もあり、そんな時は私に泣いていいってママが言ったからと説明してくれました)

 

⒊年中組(Moyenne Section)になって大変だったこと

○トイレ問題

トイレ

 

 

 

 

 

年中組は年長組と合同という点でトイレが急に大人のサイズになって、便座もないタイプで、体の小さい娘は届きません。自力ではトイレに登ることさえできないのです!
と言うかこういう便座のないトイレって大人の私でさえ戸惑います。年長の子ならまだしも娘は本当に小さくてよじ登ろうとしたって無理。

これには初日から真っ青になりました。こんな幼稚園行かせたくありません!私が小さい頃に行った日本の幼稚園ではトイレは子供サイズの便器でしかも清潔だったのが印象的です。娘にも同じ幼稚園に行かせたかった。
日本に帰る?て言うか幼稚園に限らずフランスのトイレ事情誰かどうにかしてください!

そんなこと言ってても仕方ないので、「年少組をもう一回やれませんか?」とも聞きました。
義務教育ではないのだから融通効くだろうと願っていたのですが不可能でした。診断書が無いと受け付けられないそうです。

場面緘黙症の件もあって私はとても弱気になりました。年中組過酷すぎる…!

娘には「トイレに行きたい時はアシスタントの人に必ず訊いて連れて行ってもらうんだよ」と言っていたのですが、恥ずかしがってトイレに行きたいとは言えないわけです。

そしてアクシデントを何度か繰り返してしまいました。

この時は娘があまりにもかわいそうすぎて泣いたものです。娘は年齢も体も一番小さいからハンデもあるだろうけど、それにしたってこんなトイレで物理的にできないという子は他にだっているだろう。一体どういう学校なんだ…。

校長先生に話しに行って、トイレに届く踏み台と便座を用意できないものかと相談しました。費用のことを言われたら私たちが取り付けますからと言うつもりでしたが、学校で用意してくれました。

その後も何回かトイレ関係のアクシデントはあったのですが、昼寝の時は年少組と同じ部屋なので年少組のトイレを使えるのでそこで乗り越えていました。しかし昼寝がなくなった今、Cantineで用をたすように言っています。一日中トイレに行かなかった日も今まで2回ぐらいあってママンは真っ青になりました。体にどんなに悪いか説明し、Cantineでお手洗いに行くようにねと毎朝声をかけるのを忘れないようにしている次第です。

6月に入り、教室のトイレでもできるようになったようで、とてもホッとしました。本当にすごく成長したと思います。

 

 

○担任の先生が2人

年中・年長組は今年は新米先生が月火、中堅先生が木金という二人制だったのでした。

人数も多くて年齢も混ざっていてただでさえバタバタしているのに、二人もいたらなかなか目が届かないでしょう。

ある時期娘は片方の先生の時だけ行きたい!と言いもう一人の先生は嫌いと言っていました。これは娘だけではないみたいでしたが、そういういらぬ問題を生むので二人制はなあ〜と思いましたがなんだかんだ言ってもう今年度も終わりまあいいか。

これも今娘がようやく慣れてきて普通に通えるようになったから言えることです。

中堅先生はどっちかというと無関心で人生に疲れている雰囲気でもあり、細やかな対応はしてくれないタイプでした。娘の毎朝の大泣き劇場もこの人は見て見ぬ振りというか「さあ、普通にみんなと同じように教室に入りなさい!」と言っていました。やっかいだという目です。でも私はそういう目は不思議と全然気になりませんでした。

新米先生は一人一人の子供とちゃんと接しようとしている人で、娘が朝手こずっても嫌な顔せず一緒に教室に入れるようにしてくれました。ありがたかったです。

⒋大きい子たちの仲間入り

今では年少組の子たちを『小さい子たち(Les petits)』と呼んで自分は大きいという自覚が生まれたようです。

隣に住んでいる女の子姉妹とも同じ学校で、その上の子(7歳)の友達も学校で娘のことを可愛がってくれるのでよかった。校庭で遊ぶ時も多いみたい。その7歳のクラスで娘に意地悪をする子もいたようなのですが、先生に連絡帳で対応をお願いしたりこれからも見守っていきたいです。

doudou

 

 

 

 

 

最近は幼稚園児らしくなって来ました。以前はdoudouと離れられなかったのに(常に手につかんでいた)お昼寝がなくなってからはdoudouを幼稚園バッグの中に入れたまま一日過ごし、最近では家に置いて学校に出かけるように。doudouに関しては私は積極的に持たせるわけでもなくもう大きいんだから持って行くなとも口出ししなかったので、娘のタイミングでこういう流れに。doudou離れができました。

本当に成長って美しいです。

 

 

“お姉ちゃん”として


⒈物の貸し借りができるようになった

“俺の物は俺の物・お前の物も俺の物”
というジャイアンのモットーがすごく当てはまっていた長女。次女が生まれてずっとその姿勢は変わらず、あまりにも物への執着が強いので大丈夫か?と心配でした。(あまりにもなので詳細は書きません)が、次女が1歳を過ぎたあたりから自然と妹が自分の物を触ったり使ったり遊んだりしても怒らなくなりました。

今ではお気に入りのバッグの中身も見ていいよ、はい、と手渡すほどに。これには拍手をあげたいですね。

 

⒉“気のつく”お姉ちゃんになった

長女の心の成長は奥行きが出てきたなあとしみじみと感じますが、『お姉ちゃん』としても貫禄が出てきました。

長女が持っているペンケースには子供用ハサミも入っているのですが、そのペンケースを妹がよく触りたがって中身を取り出したりするので、ハサミが危ないから妹の届かないところに置いてくれています。

二階に上がる階段をブロックしているのですが時々次女はかわして階段を登ってしまい、そう言う時もダメだよ!と止めてくれる。

危機管理に真剣なところを見ると優しいんだなあと思います。

かといって、長女の責任感の強さに甘んじることなく妹の面倒や監視を任せ過ぎないようにしたいもの。

これだけでなく、長女のお姉さんらしさは本当に増しました。

 

最後に フランスの幼稚園について思うこと


日本の幼稚園を知らないのでもしかしたら日本も同じようなものかもしれないですが、フランスは大人になるのが早い気がします。子供をフォーマットするのが早い。というかやっぱり大人社会なので、両親が働くために子供を幼稚園に預ける という考えがまず先のようです。

モンテソーリの学校のような、先生側が情熱を持っているという環境は珍しいみたいです。

以前はそんなフランスの様々にほとほと嫌気がさして日本だったら…と日本を理想化していました。この現実から逃げたかった。そんな私の状態が娘に反映していたのもあるのかもしれません。と言うか100パーセントそうだったでしょう。今はフランスに暮らしている以上仕方ないんだとあきらめが着いたみたいです。このあきらめに行き着くまでが長かったです。長女も頑張ったけどママンもすごくジタバタしながらも成長したなあと思います。

またこの先何かがあってその考えは変わるかもしれないけど、とりあえず今通っているこの田舎の公立の幼稚園で年長組もやってみようと思います。

 

ブルターニュ

 

 

 

 

 

ブルターニュは7月に入りずっと晴天が続いてます。学校が終了してからほぼ毎日海に行ったりアイスを食べたり夏休みらしいことをたくさんしています。

皆さまもよい夏休みを!

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